【TEDレビュー】「悪い習慣を断ち切るシンプルな方法」

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こんにちは、hitomiです。

今回のtedは、これまた有名な、
「マインドフルネス」という
瞑想の一種に絡んだお話です。

このマインドフルネスという瞑想法は、
以前、大企業が社内で取り組んでいることでも
話題になっていましたよね。

このマインドフルネスを活用して、
「やめたくてもやめられない習慣」
例えばタバコとか、お酒とか
を止める方法について、解説されています。

9分ちょっとの動画です。
短い時間でさっくり観れるのでいいですね!

さて、この先生(ジャドソン・ブルワー氏というそうです)
は、古くから伝わるいわゆる「瞑想」(座禅)に
チャレンジしたけれど難しかったと述べています。
コツがつかめていなかったんですね。
それに比べるとマインドフルネス瞑想は
誰にでも取り組みやすいという感じでしょうか。

この中で説明されている本来の瞑想は、
「ひたすら呼吸のみに意識を向ける」
という手法だったとのこと。
最初は、
「無理やり」呼吸に意識を向けようとしていた、
ジャドソン・ブルワー氏は、これは、
「禁煙しようとして無理やりタバコから意識をそらすこと」
と同じようなものだと語っていました。

けれどもこれにはコツがあって、
「呼吸している時自分の体が感じること全てを意識する」
というのがポイントで、
このやり方をマインドフルネスと言います。

確かに一般人がいきなり「瞑想」にチャレンジするのは
ちょっとハードルが高いのかもしれません。
多分、元来の瞑想で
「呼吸している時の体の感じる全ての感覚に意識を向けなさい」
とかそこまで細かく説明されないのは、
その境地まで行き着く過程も修行のうち、
だからなんじゃないかなと。
真剣に必死に瞑想していたら、
多分遅かれ早かれその境地には達するし、
目指すところはそれ以上、
呼吸以外のなにも存在しない世界というか、
究極は体の感覚すらからも超えた世界に行き着くんだと思うんですよね。
「呼吸」という感覚からも解放されるというか。

だから、本気の瞑想しようとしたら、
たぶん、マインドフルネスの感覚は、
もしかしたらちょっとした壁というか、
超えなければならない壁になってしまうかもしれない。

でも、現代人は忙しいですから、
みんなお坊さんとかになろうとしているわけじゃないし、
そこまで究極の境地にたどり着かなくてもいいし、
その一歩手前の「ちょっと落ち着く」
ぐらいで十分だったりするんですよね。
そんな時、このマインドフルネスという手法は
すごく取り入れやすいし、
現代人がメンタルを整える上で
すごくマッチした手法だなーと感心しました。

瞑想の達人の脳の活性化している部分(DMN)の一部が、
人が強い欲求に囚われている時にも活性化している、
というのもなかなか興味深いですね。

ある種、快楽のようなものを感じている、
というのと同義なのでしょうか?
違うかな?

ある意味、「イっちゃってる」ような状態に陥っている、
ということでしょうか、
この辺脳科学詳しくないのでよくわかりませんでした。

さて、長くなりましたがこっからが本題です。

人が悪習に囚われるのは、
原始的な脳のプロセスで、
「正の強化」「負の強化」
などと呼ばれるもので、
トリガー何かしらの原因)→行動(悪習)→報酬(気持ちよくなる、など)
が結びついてしまうから、です

その悪習に関する一連の結びつきは、
本来は、「前頭前野」という、
人間の脳の理性を司る部分で
抑えようとしますが、
この前頭前野ちゃんはものすごく
ストレスに弱い子で、
すぐに働かなくなってしまいます。
打たれ弱いんだね・・・
なんだか共感してしまうよ・・・。

そこでマインドフルネスの手法の登場です。

禁煙の場合だと、無理に喫煙を止めるのではなく、
あえて吸って、
吸うその時に、自分の感覚にフルで意識を向けます。
そしてどのように感じるのか?を発見していくのです。
動画の例に挙げられていた喫煙者は、
「タバコがクソまずかった」
ことを発見したそうです。

そう、喫煙者の方って、
別にタバコ自体が美味しいから吸ってるわけじゃないんですよね。
何かのトリガー、
例えば不安とか、ストレスとか、
そういうものがあって、
タバコを吸うことによってそれを解消しようとしているだけなのです。

だから、「タバコがクソまずい」事実をはっきり認識すると、
トリガーと「タバコを吸う」という行為を
結びつける衝動を止められるようになる、という、
こんな解釈でたぶんあってるかな?

ともかくも、
タバコだけじゃなく、
例えば「ついTwitter見ちゃう」とかも、
行為そのものが楽しくてやってるわけじゃないんですよね。

その行為をやった結果、
「なんか満たされる」とか「なんか気持ちいい」とか
そういう報酬が得られていて、
そこに、脳の原始的なプロセスで、
その報酬と行為が結びつけられてしまっているからやめられない。

でも、衝動が起こるたびに、
例えば「Twitterを見ること」で感じる体の感覚に興味を向け、
自分で観察していくことによって、
「瞬き少なくてコンタクト乾いてきたな」
とか、冷静に事実を受け入れていくことによって、
だんだんと衝動がおこらなくなっていく、

ということなんだと思います。

逆に言えば、
悪習に囚われている時って、
「その行為そのもの」
はあまり楽しんでない、と言えるのかもしれません。

夜中につい食べちゃうケーキは、
ケーキそのものの味を味わって楽しんでるわけじゃなくて
ついつい飲みすぎちゃうアルコールは
お酒の味そのものは楽しんでない。

さらにいうと、
「その行為そのもの」
を純粋に楽しめるというのと、
悪習的にそれを続けてしまう、
というのは、両立しないんじゃないかな。
っていう気もします。
例えば、
ワインの味が本当に好きで楽しんでる人は、
ワインを無駄にがぶ飲みしたりしなくないですか?

本当にスイーツの味が好きで
食べ比べして丁寧に楽しんでる人って、
スイーツをドカ食いしたりしないような。

この辺も、今私がパッと思いついただけで
きちんと事例を検証したりしたわけじゃないのですが、
きちんと調べたら面白い現象なのかもしれません。

なかなか興味深い話でした。
もちろん、人によって効果の差はあるかもしれませんが、
これってお金かからないし、
やってみるだけタダだし。

ただ、これ、1人だと続かない気がしますね。
誰かメンター的な人についてもらうとか、
コミュティを作ってみんなで励ましあいながらやるとか
できたらいいんじゃないかと思います。

アプリが開発されているとのことでしたが、
日本版もあるのかな?

ググってみたけど、悪習を断ち切るため、というより、
休息するため、心を落ち着かせるため、
のアプリならいくつか発見。

マインドフルネスの講座なんてのもあるんですね。
どんな感じなんだろ・・・。
現代の哲人Dr.ディマティーニによる『マンインドフルネスの本質』

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